後継者を縛る「個人保証」——制度で外せる重荷、自分で外せない思い込み
- 関根 壮至

- 6月14日
- 読了時間: 4分

「事業は継ぎたいんです。でも、個人保証だけは……」
後継者育成の現場で、私はこの言葉を何度も聞いてきました。会社の将来でも、社員のことでも、自分の能力でもない。後継者が承継の一歩を踏み出せない理由の多くが、「個人保証」にあります。
今日は、この見えにくい重荷について書きます。
■ ハンコを押す手が止まった日
私自身、家業を継いだとき、銀行の融資書類に個人保証のサインを求められたことがあります。
それまで「会社を継ぐ」とは、社長の椅子に座り、社員を率い、事業を伸ばすことだと思っていました。でも、保証書を前にして気づいたのです。これは「会社の借金を、自分の人生で背負う」という契約なのだと。
もし会社が傾けば、自宅も、家族の生活も、すべてが担保になる。ペンを持つ手が、一瞬止まりました。
あのときの感覚は、今でもよく覚えています。そして、後継者の方が「保証だけは……」と口ごもる気持ちが、痛いほどわかるのです。
■ 重荷の正体は、二つある
ただ、この問題を冷静に見ていくと、後継者を縛っているものは、実は二つに分かれます。
一つは、制度で外せる重荷です。
近年、国は「経営者保証」に関する仕組みを大きく見直してきました。経営者保証に関するガイドラインが整備され、一定の条件を満たせば、保証なしで融資を受けたり、承継のタイミングで前経営者と後継者の「二重保証」を解消したりできるようになっています。
つまり、かつては「継ぐなら保証はセット」だったものが、今は「外す」ことを交渉できる時代になっているのです。にもかかわらず、この事実を知らないまま、「保証が怖いから」と承継そのものを諦めてしまう後継者が、今も少なくありません。
もう一つは、自分で外すしかない、思い込みの重荷です。
「保証を背負ってこそ一人前の社長だ」「先代も背負ってきたのだから、自分も背負うべきだ」——こうした感覚です。
これは責任感の表れでもあり、決して悪いものではありません。ですが、この思い込みが強すぎると、本来なら交渉して外せたはずの保証まで、「背負うのが当然」と受け入れてしまう。気づかないうちに、自分で自分を縛ってしまうのです。
■ 知ることと、向き合うこと
私がお伝えしたいのは、シンプルなことです。
制度で外せる重荷は、まず「知る」こと。経営者保証のガイドラインや、事業承継時の保証解除の仕組みは、調べれば必ず情報が出てきます。顧問の税理士さんや、金融機関の担当者に「うちの場合、保証は外せますか」と聞くだけでも、状況は大きく動きます。
思い込みの重荷は、自分で「向き合う」こと。背負うべきリスクと、背負わなくていいリスクを切り分ける。それは経営者として最初に鍛えるべき、判断の力そのものです。
■ 経営者への問いかけ
ここで、現社長の方にも問いたいことがあります。
あなたは後継者に、「保証をどう扱うか」を語ったことがありますか。
多くの場合、保証の話は引き継ぎのドサクサで、書類とともに静かに手渡されます。「これも社長の仕事だから」と。でも、後継者が本当に知りたいのは、書類の押し方ではありません。「この重荷と、どう向き合えばいいのか」という、その一点です。
■ まとめ——二つの重荷を、切り分ける
後継者を縛る個人保証には、二つの側面があります。制度で外せる重荷と、自分で外すしかない思い込みの重荷。この二つを混同したまま「保証は怖い」で止まってしまうと、承継は前に進みません。
今日からできることを、二つ挙げます。
ひとつ、自社の融資について「経営者保証は外せるのか」を、専門家か金融機関に一度確認してみること。
ふたつ、後継者と現社長が、保証について「書類」ではなく「考え方」を話す時間を持つこと。
この二つだけで、後継者を苦しめている重荷は、確実に軽くなります。
保証も、借入も、突き詰めれば「どこまでのリスクを、自分が引き受けるか」という経営判断です。その判断軸を持てるかどうかが、後継者が本当の意味で社長になれるかの分かれ目だと、私は思います。
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経営者のためのブログ Vol.260
ランナーズ株式会社 関根壮至
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