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  • 執筆者の写真Takeshi Sekine

理不尽な境遇・場面を乗り越えた私の経験談

 アトツギであれ、企業で働くビジネスマンであれ、必ずどこかで「おいおい」という理不尽な経験や扱いをされることがあると思います。私もアトツギ時代は、何度もそんな経験がありましたが、思考パターンを変えることで乗り切ってきました。今回は、そんな理不尽な場面を、どうやって乗り越えていくかについて書きます。



自分の色が抜け、違う色に染まっていく経験

 私の経験を最初に書きますが、サラリーマン人生を約10年経て家業へ入りました。それまで、社会に出て濡れ衣を着せられたり、陰口をたたかれたり、無理やり何かを強制された経験は殆どなく、やりたいように仕事をし、やりたいように生きていた大変オメデタイ人生を歩んでいました。ただ一つだけ例外があり、新卒で入社した会社は創業者の社長さんが70歳を過ぎても現役社長で、50代の息子さんもいましたが、全く権限がなく、社長以外の人たちは、絶対的な専制君主の下で働く環境で、社長と喧嘩して辞めた社員が何人もいました。私も、今振り返ると、その一人だったな。海外出張中に、日本からやってきた社長に物申し、文句があるならクビだ!といわれて本当にクビになった経験がありました。でも、それ以外は理不尽な経験はなかったと記憶しています。


それが、家業に入ると180度環境が変わります。

同族経営、あるいはワンマン創業者が経営する会社で働いた事がある人は理解できると思いますが、このような会社は超法規的な審判が下ることがあるのです。


中小企業に限った話ではなく、上場する大企業であっても上からの命令は絶対であり「忖度」という不要な気配りも部下には求められる世界。


いやー、キツイですよね。私も家業では何度か経験があります。そんな時、皆さんはどのように心を整えて乗り越えていきますか?


最初の頃、私が抱いていた感情は「この会社、正直者が馬鹿を見る。。。」という事を考えたものです。「マジかよ!、おかしくないか?、みんなこれで良いのか?」


当時は黙って項垂れる社員の気持ちが分かりませんでした。”どー考えても、これおかしいでしょ”という事があっても「社長が〇〇というので仕方ありません」みたいな感じで、明らかにヤバイ方向へ舵が切れていくのです。そして、実際に予想した問題が起きることもあるし、真逆で社長が指示したことによって問題が解決してしまう事もある。そういう事が続くと、段々と自分の判断にも自信が持てなくなっていき、いつしか、自分も「はいはい」という側の人間へと染まっていく事を感じる時もありました。


こうなると思考停止状態に陥ります。諦めの気持ちが心を支配し始める。

幹部になることが確約されているアトツギの場合、それでも「これはおかしい!」と自分の心を強く持ち、先代である社長さんと戦い続けることもあるでしょう。

しかし、それが頻繁に起こるようになると、段々とこっちも「言っても無駄」という虚無感が大きくなり、人によってはおとなしくなってしまう事もある。


私は家業で働いていた時、精神を病んだ経験があります。3ヶ月間ぐらいは職場にも出れず、家族(妻・子供)以外の人と会うことができない時期もありました。当時を振り返ると、まさに前記した理不尽さを伴う「強制・強要」が頻発し、且つ、自分が原因ではないトラブルまで自分のせいにされてコテンパンに打ちのめされていた時期でした。



まるで、神様に支配されているような感覚でした。「あー、俺は存在として無価値。いてもいなくても、この会社には何ら影響ない。経営者としての力量もない。経営者に向いていない」。毎日、そんなことを考えながら、ぼんやりと一人、公園のブランコに揺られながら空を眺める日々が続いていました。このまま支配され、何をされるか分からない恐怖心を常に抱えながら、この会社で俺は人生を終えるのか。。。と苦しみながら日々過ごしていました。


その後、何とか病を克服し、職場復帰を果たしメンタル面でも自分自身を取り戻し復活を果たします。


さて、私はどのようにして不運や理不尽な境遇を乗り越えれるようになったでしょう?



手に入れた新しい考え方

 目の前の境遇・理不尽な出来事に、ただ抗ったり反発するだけではダメだと。機会を待つことも重要だし、この理不尽な経験、境遇というものは、神様が自分に与えた試練であり、強靭な自分を手に入れるための訓練であると同時に、本当に自分が進むべき道へ近づけるための過程だと考えるようになったのでした。


最も厳しかったのは、やはり社長という立場をまっとうな理由なく追われた経験でした。(業績絶好調の時期に、突如、親族によって社長職をクビにされています)あの時だけは絶望を感じましたし、人生で生きてきて、これ以上の理不尽な経験はなく、なんで俺がこんな目に遭うのか?、法的にもおかしくないか?、、、など、いろいろな事が頭をよぎりました。


しかし、半年ほどの期間が経過した頃「あ、この会社は自分が本来いるべき場所ではなく、神様がもっと自分にふさわしい場へ行け」と仕向けたな...と考えるようになったのです。


やや、スピリチュアル的で危険な思考かもしれませんが、今でもそう考えています。


とてつもなく辛いことが起きたとき、それは自分にとってより望ましい環境やチャンスがあるにも関わらず自分が見過ごしていたり、一歩踏み出す勇気を持ち合わせていない時、神様が「おいおい、お前何やってるんだよ。前に行けよ。正しい方向へ行けよ。お前が決断しなかったから、神である私が仕方ないから機会を与えた。乗り越えて正しい道へ行け」という事なんだと考えるようになりました。


こういう思考ができるようになってくると、理不尽な出来事や逆境に遭遇した時に「お、こりゃ、新しいチャンスが来たぞ」と思えるようになってきます。すいません、私がただ単にクレイジーな思考なのかもしれませんが。。。


このように考えられる思考回路が頭に出来上がってからは、辛いことが起きても「これは環境を変えるチャンスが来ているんだ」と前向きな気持ちなるようになりました。


おかげで、何か問題が起きても落胆することはなく、さらには他責の念も一切抱く事がなくなりました。「要は自分が決断できないから、こういう事が起きたんじゃないの?いい機会じゃないか、リセットしよう」と、自分と対話するようになっていきました。実際、こう考えるようになってから人生が大きく変わりました。辛いこともたまにはあるが、最終的には乗り越えています。



うーん、これ、他人がマネできることじゃないのかもしれませんが、私が身に付けた理不尽・逆境を乗り越えるマインドの解説でした。




以上



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