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人生に与えられた「時間」について

経営者のためのブログ Vol.261


今回は、誰にも平等に与えられている「時間」について思う事を書かせて頂きます。



個人的なことですが、私は今年で54歳という年齢になりました。

サラリーマン時代、お世話になっていた上司の方は、1人、2人と定年を迎え現役から卒業していく人たちが増えています。


子供も大きくなり、まだ未成年ですが、この先、あと何年、一緒に過ごせるのか、、、とか、今まで考えた事もないような事が、頭を過ぎるようになったことは、自分自身の中でも正直、驚いています。


体力的には、そこまで衰えを感じないものの、自分に残された時間を考えるような年齢になったんだなと、この土日に考えていたところでした。




時間に関する自分の後悔

私の癖というか、問題点だと自覚している事なのですが、時間的な効率を考えるあまり、何でも仕組化しようと考える癖があります。


仕組化で何度か成功体験もあったので、その成功体験が強烈に残っていることと、地道な作業、プロセスを出来る限り短期間で済ませるように、あるいはプロセスそのものをすっ飛ばせるように考えてしまう事も多々あったなと思います。


これは、後継者の時にも自覚していたことですが、成果を急ぐあまり、空回りしてしまい、余計に時間を消費してしまうという話です。


こういう時間の使い方は、本当に取り返しがつかない浪費になってしまいます。

地道な努力は、必要な場面では避けて通れないということも、この年齢になって分かったことです。





怒りに支配された時間の浪費ほど無駄なことはない


皆さんにも、記憶にありませんか?


何か自分の思うように事が進まない、想定外の事が起きてしまった。

自分の過失ではなく他人のミス・対応のせいで自分が被害を被るなどのケースです。


確かに、自分が被害を被る側であれば、事を正そう、筋を通そうと頑張る事も大事なことです。しかし、必要以上の正義感、損得を盾に突っ張りすぎると、自分の大切な時間と労力を無駄にすることもあり得ます。


私もこのブログを書いている最中、マンションで大変な問題が勃発し、住民が大騒ぎしている。私は比較的早い段階で、その問題に気づき、管理会社と喧々諤々のやり取りをしたが、これ以上は自分の労力・時間の無駄になると思い、不本意な部分はあるが手を引いた。


もっと若い年齢の自分であれば、相手を追い込んででも損害や被害を最小限にとどめる交渉を行っていると思いますが、今の私には、その交渉にエネルギーと時間を費やすより、もっと大事なことがある。


なので、そこは割り切って、ほどで手を引いたのです。



こんな判断は若い年齢の自分なら絶対にできなかったことです。




誰にでも、時間は平等に与えられる。

しかし、その時間という資源をどう使うかは自分次第です。


経営者は、会社員よりは時間という資源は貴重なはずです。

自分の時間を大切に、時間=投資資源として考えてみてください。



以上、ランナーズ関根でした。







 
 
 

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