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  • 執筆者の写真Takeshi Sekine

困難(悩み)を軽々乗り切れる人の特徴

 今回は、不安や悩みと視野(=生きる世界の広さ)との関係について書きます。

メンタルに関しては、経営者だけでなく子供からお年寄りまでが抱える問題でもあり、私も生きてきた中で理不尽な経験をしたり悩み事は多々ありました。それをどう乗り越えるか?というお話です。


まず、子供のいじめについて書きたいのですが、子供というのは学校という狭い社会の中で生きているわけです。その中で、仮にいじめにあったら、どんな精神状態になるでしょう。仲良しのグループがいたとして、突然、いじめに会う。無視される。あり得ない話ではないと思います。子供の場合、生きている世界が学校という狭い世界で生きているので、そこで自分の居場所を失ってしまうと絶望感は半端ではないと思います。

子供には、家庭以外の社会=学校という子が多く、自分の視野(=生きる世界)が学校という範囲になり、それ以外の外側の世界に目を向けることができないため、いじめはより深刻なダメージを与えてしまう。


学校以外で自分の居場所を持っている子供だったら、どうか?

子供にもよると思いますが、学校の問題は解決できないかもしれないが、少なくとも学校以外の居場所があれば、そこにいる間は正気の自分を保つことができるでしょうし、ストレスを軽減できる時間となるかもしれません。子供によっては、「学校は仕方ない。私は私。私の居場所は他にもある」と考えられる子供もいるかもしれない。かなりレアだと思いますが、、、



さて、これが成長し大人になった場合、どうでしょうか?

大人は子供より他人と接する機会は多いはずです。人によるとは思いますが、家庭と会社、それ以外の学生時代の仲間、前職の仲間、あるいは高校など地元の友人との付き合いなど、活動の場が子供よりも多様化しています。


仮に何か人間関係で壁に当たったとしても「私にはここ以外に居場所がある」という発想に切り替えることも可能です。人間関係であれ、それ以外の悩みであれ、人が悩んで考え込んでいる時には決まって、気になることに思考がフォーカスしてしまい、広い視野で物事を考えられなくなる。その結果、諦めや絶望を抱くようになるのではないかと思います。これが何日も続いてしまうとうつ病を発症したりします。



視野の広さというのは、思考の柔軟性でもあると思います。特に経営者をやっていますと、いろんな悩みに遭遇します。社長にもいろんなタイプの方がいますが、悩まずに前進し続ける人は、視野の広い考え方が自然とできていて、多様な選択肢を頭の中に持っている人ではないかと思います。ここで上手くいかなければ、こっちから攻めればよい。とか、広い視野でリアルな現状を一旦は受け入れつつ、そこに凝り固まる・停滞するのではなく、発想を変えて、視野を広く持ち、第三の選択肢を模索する。


よく「鈍感力」なんていう見出しの書籍がありますが、視野が広い人ってそういう感じだよなと私は思います。自分が若いころは視野が狭く、壁にぶつかると乗り越える方法を多面的に考えられない人でした。常に悩んでいた、どうでもいいことに。


あと、常に勝ち続けると視野が狭くなってきます。例えば、常にマウントが取れてしまっている人。こういうタイプの人は、マウントを取ることにフォーカスしてしまい、本当のなすべきことが見えなくなっている。本人は立派にクールにやっているつもりでも、わかる人から見れば「ハリボテじゃね?」と見透かされる。


これも視野の狭さからくる自身を追い込むメンタルの症状じゃないかと思います。


SNSでやたらとキラキラ投稿する人がいますが、SNSがその人にとっては重要な居場所であり、自分の存在価値を感じれる空間になる。そこでアンチコメントが山のように毎日届くと段々とメンタルがやられてくる。SNSに没頭している人だと、悩みはすごく深刻になると思います。


会社の取引もそうですが、一極集中は危険です。人間関係や居場所もある程度は多角化しておく必要があると個人的には考えています。これは精神衛生を考えた上での話です。特定の仲間と常に一緒、というのも悪くはないですが、一旦、人間関係が拗れてしまうと絶望の淵に追いやられる。特に日本人は集団に属することを好み、精神面、心理面で依存する人が多い。「私は私」という自立した感覚を持たず、集団心理に合わせて自分を演じ、集団に合わせて生きている人が日本人には多いのではないかと思っています。



なので、経営者を目指す人は、サラリーマンより大きな悩みに遭遇する確率は高いと思うので、視野を広げ、考え方を柔軟にして来るべき危機に備える必要があるだろなと思います。


うーん、まとめると柔軟な思考力となるのでしょうか。すべて上手くいくとは限らない。上手くいかない時はそれを受け入れる。そして全く違う角度から打開策を考えていく。究極は「まあ、しゃーねぇーや」といういい加減さも必要という事じゃないかと。これが、私が常々発信している「自然体力」だったりするのかもしれません。


私は精神科医ではないので医学的なことはわかりませんが、「まぁ、しゃーねーや」という適当な部分を持っていた方が楽だというのは確かだと思います。そうでないと、生きるのが大変。。。完璧な人なんていないんですよ。神様じゃないですから。誰でも失敗や欠点はある。それを凝視し続けるか、「ま、いっか」と他に目を向けるかで人生は変わってくるのではないでしょうか?


欠点だけの人なんて世の中に存在しないと思いますよ。

人には必ず良い面がある。



以上

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